2006年05月30日

こころ上 先生と私三十

 その時の私(わたくし)は腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい事をわざと聞かずにいた。しかし先生の方では、それに気が付いていたのか、いないのか、まるで私の態度に拘泥(こだわ)る様子を見せなかった。いつもの通り沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運んで行くので、私は少し業腹(ごうはら)になった。続きを読む
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こころ上 先生と私二十九

 先生の談話は、この犬と小供のために、結末まで進行する事ができなくなったので、私はついにその要領を得ないでしまった。先生の気にする財産云々(うんぬん)の掛念(けねん)はその時の私(わたくし)には全くなかった。私の性質として、また私の境遇からいって、その時の私には、そんな続きを読む
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こころ上 先生と私二十八

「君のうちに財産があるなら、今のうちによく始末をつけてもらっておかないといけないと思うがね、余計なお世話だけれども。君のお父さんが達者なうちに、貰(もら)うものはちゃんと貰っておくようにしたらどうですか。万一の事が続きを読む
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こころ上 先生と私二十七

 私(わたくし)はすぐその帽子を取り上げた。所々(ところどころ)に着いている赤土を爪(つめ)で弾(はじ)きながら先生を呼んだ。
「先生帽子が落ちました」
「ありがとう」
 身体(からだ)を半分起してそれを受け取った先生は、起きるとも寝るとも片付かないその姿勢のままで、続きを読む
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こころ上 先生と私二十六

 私(わたくし)の自由になったのは、八重桜(やえざくら)の散った枝にいつしか青い葉が霞(かす)むように伸び始める初夏の季節であった。私は籠(かご)を抜け出した小鳥の心をもって、広い天地を一目(ひとめ)に見渡しながら、続きを読む
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こころ上 先生と私二十五

 その年の六月に卒業するはずの私(わたくし)は、ぜひともこの論文を成規通(せいきどお)り四月いっぱいに書き上げてしまわなければならなかった。二、三、四と指を折って余る時日を勘定して見た時、私は続きを読む
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こころ上 先生と私二十四

 東京へ帰ってみると、松飾(まつかざり)はいつか取り払われていた。町は寒い風の吹くに任せて、どこを見てもこれというほどの正月めいた景気はなかった。
 私(わたくし)は早速(さっそく)先生のうちへ金を返しに行った。例の椎茸(しいたけ)もついでに持って行った。ただ出すのは少し変だから、続きを読む
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こころ上 先生と私二十三

 私(わたくし)は退屈な父の相手としてよく将碁盤(しょうぎばん)に向かった。二人とも無精な性質(たち)なので、炬燵(こたつ)にあたったまま、盤を櫓(やぐら)の上へ載(の)せて、駒(こま)を動かすたびに、わざわざ手を掛蒲団(かけぶとん)の下から出すような事をした。時々持駒(もちごま)を失(な)くして、次の勝負の来るまで双方とも知らずにいたりした。それを母が続きを読む
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2006年05月27日

こころ上 先生と私二十二

 父の病気は思ったほど悪くはなかった。それでも着いた時は、床(とこ)の上に胡坐(あぐら)をかいて、「みんなが心配するから、まあ我慢してこう凝(じっ)としている。なにもう起きても好(い)いのさ」といった。しかしその翌日(よくじつ)からは母が止めるのも聞かずに、とうとう続きを読む
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こころ上 先生と私二十一

 冬が来た時、私(わたくし)は偶然国へ帰らなければならない事になった。私の母から受け取った手紙の中に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できるなら都合して帰って来てくれと頼むように付け足してあった。
 父はかねてから続きを読む
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こころ上 先生と私二十

 私(わたくし)は私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私によって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと事の大根(おおね)を攫(つか)んでいなかった。奥さんの不安も実は続きを読む
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こころ上 先生と私十九

 始め私(わたくし)は理解のある女性(にょしょう)として奥さんに対していた。私がその気で話しているうちに、奥さんの様子が次第に変って来た。奥さんは私の頭脳に訴える代りに、私の心臓(ハート)を動かし始めた。自分と夫の間には何の蟠(わだか)まりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに眼を開(あ)けて見極(みきわ)めようとすると、続きを読む
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こころ上 先生と私十八

 私(わたくし)は奥さんの理解力に感心した。奥さんの態度が旧式の日本の女らしくないところも私の注意に一種の刺戟(しげき)を与えた。それで奥さんはその頃(ころ)流行(はや)り始めたいわゆる新しい言葉などはほとんど使わなかった。
 私は女というものに深い続きを読む
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こころ上 先生と私十七

 私(わたくし)はまだその後(あと)にいうべき事をもっていた。けれども奥さんから徒(いたず)らに議論を仕掛ける男のように取られては困ると思って遠慮した。奥さんは飲み干した紅茶茶碗(こうちゃぢゃわん)の底を覗(のぞ)いて黙っている私を外(そ)らさないように、続きを読む
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こころ上 先生と私十六

 私(わたくし)の行ったのはまだ灯(ひ)の点(つ)くか点かない暮れ方であったが、几帳面(きちょうめん)な先生はもう宅(うち)にいなかった。「時間に後(おく)れると悪いって、つい今しがた出掛けました」といった奥さんは、私を続きを読む
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こころ上 先生と私十五

 その後(ご)私(わたくし)は奥さんの顔を見るたびに気になった。先生は奥さんに対しても始終こういう態度に出るのだろうか。もしそうだとすれば、奥さんはそれで満足なのだろうか。
 奥さんの様子は満足とも不満足とも極(き)めようがなかった。私はそれほど近く奥さんに接触する機会がなかったから。それから奥さんは私に会うたびに続きを読む
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こころ上 先生と私十四

 年の若い私(わたくし)はややともすると一図(いちず)になりやすかった。少なくとも先生の眼にはそう映っていたらしい。私には学校の講義よりも先生の談話の方が有益なのであった。教授の意見よりも先生の思想の方が有難いのであった。とどの詰まりをいえば、教壇に立って私を指導してくれる偉い人々よりもただ独(ひと)りを守って多くを語らない先生の方が偉く見えたのであった。
「あんまり逆上(のぼせ)ちゃいけません」と先生がいった。
「覚(さ)めた結果としてそう思うんです」と答えた時の私には充分の自信があった。その自信を続きを読む
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こころ上 先生と私十三

 我々は群集の中にいた。群集はいずれも嬉(うれ)しそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見えない森の中へ来るまでは、同じ問題を口にする機会がなかった。
「恋は罪悪ですか」と私(わたくし)がその時突然聞いた。
「罪悪です。たしかに」と答えた時の先生の語気は前と同じように強かった。
「なぜですか」
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こころ上 先生と私十二

 奥さんは東京の人であった。それはかつて先生からも奥さん自身からも聞いて知っていた。奥さんは「本当いうと合(あい)の子(こ)なんですよ」といった。奥さんの父親はたしか鳥取(とっとり)かどこかの出であるのに、お母さんの方はまだ江戸といった時分(じぶん)の市ヶ谷(いちがや)で生れた女なので、奥さんは冗談半分そういったのである。ところが続きを読む
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こころ上 先生と私十一

 その時の私(わたくし)はすでに大学生であった。始めて先生の宅(うち)へ来た頃(ころ)から見るとずっと成人した気でいた。奥さんとも大分(だいぶ)懇意になった後(のち)であった。私は奥さんに対して何の窮屈も感じなかった。差向(さしむか)いで色々の話をした。しかしそれは続きを読む
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