2006年07月26日

それから 二の一

 着物(きもの)でも着換(きか)へて、此方(こつち)から平岡(ひらをか)の宿(やど)を訪(たづ)ね様かと思つてゐる所へ、折よく先方(むかふ)から遣(や)つて来(き)た。車(くるま)をがら/\と門前迄乗り付けて、此所(こゝ)だ/\と梶(かぢ)棒を下(おろ)さした声は慥(たし)かに三年前分(わか)れた時そつくりである。玄関で、取次(とりつぎ)の婆さんを捕(つら)まへて、宿(やど)へ蟇口(がまぐち)を忘れて来(き)たから、一寸(ちよつと)二十銭借してくれと云つた所などは、どうしても学校時代の平岡を思ひ出さずにはゐられない。代助は玄関迄馳(か)け出して行つて、手を執(と)らぬ許りに旧友を座敷へ上(あ)げた。
「何(ど)うした。まあ緩(ゆつ)くりするが好(い)い」
「おや、椅子(いす)だね」と云ひながら平岡は安楽椅子(いす)へ、どさりと身体(からだ)を投(な)げ掛(か)けた。十五貫目以上もあらうと云ふわが肉(にく)に、三文の価値(ねうち)を置いてゐない様な扱(あつ)かひ方(かた)に見えた。それから椅子(いす)の脊(せ)に坊主頭(ぼうずあたま)を靠(も)たして、一寸(ちよつと)部屋の中(うち)を見廻しながら、
「中々(なか/\)、好(い)い家(うち)だね。思つたより好(い)い」と賞(ほ)めた。代助は黙(だま)つて巻莨入(まきたばこいれ)の蓋(ふた)を開(あ)けた。
「それから、以後(いご)何(ど)うだい」
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吾輩は猫である 十一(2)

 主人は面倒になったと見えて、ついと立って書斎へ這入(はい)ったと思ったら、何だか古ぼけた洋書を一冊持ち出して来て、ごろりと腹這(はらばい)になって読み始めた。独仙君はいつの間(ま)にやら、床の間の前へ退去して、独(ひと)りで碁石を並べて一人相撲(ひとりずもう)をとっている。せっかくの逸話もあまり長くかかるので聴手が一人減り二人減って、残るは芸術に忠実なる東風君と、長い事にかつて辟易(へきえき)した事のない迷亭先生のみとなる。
 長い煙をふうと世の中へ遠慮なく吹き出した寒月君は、やがて前同様(ぜんどうよう)の速度をもって談話をつづける。
「東風君、僕はその時こう思ったね。とうていこりゃ宵の口は駄目だ、と云って真夜中に来れば金善は寝てしまうからなお駄目だ。何でも学校の生徒が散歩から帰りつくして、そうして金善がまだ寝ない時を見計らって来なければ、せっかくの計画が水泡に帰する。けれどもその時間をうまく見計うのがむずかしい」
「なるほどこりゃむずかしかろう」
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2006年07月05日

こころ下 先生と遺書五十六

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。平生(へいぜい)使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、腐れかけていたものと見えます。妻の笑談(じょうだん)を聞いて始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったのですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい意義を盛り得たような心持がしたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十五

「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟(しげき)で躍(おど)り上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否(いな)や、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だと抑(おさ)え付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言(いちげん)で直(すぐ)ぐたりと萎(しお)れてしまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で他(ひと)の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷(ひや)やかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十四

「その内妻(さい)の母が病気になりました。医者に見せると到底(とうてい)癒(なお)らないという診断でした。私は力の及ぶかぎり懇切に看護をしてやりました。これは病人自身のためでもありますし、また愛する妻のためでもありましたが、もっと大きな意味からいうと、ついに人間のためでした。私はそれまでにも何かしたくって堪(たま)らなかったのだけれども、何もする事ができないのでやむをえず懐手(ふところで)をしていたに違いありません。世間と切り離された私が、始めて自分から手を出して、幾分でも善(い)い事をしたという自覚を得たのはこの時でした。私は罪滅(つみほろぼ)しとでも名づけなければならない、一種の気分に支配されていたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十三

「書物の中に自分を生埋(いきう)めにする事のできなかった私は、酒に魂を浸(ひた)して、己(おの)れを忘れようと試みた時期もあります。私は酒が好きだとはいいません。けれども飲めば飲める質(たち)でしたから、ただ量を頼みに心を盛(も)り潰(つぶ)そうと力(つと)めたのです。この浅薄(せんぱく)な方便はしばらくするうちに私をなお厭世的(えんせいてき)にしました。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十二

「私の亡友に対するこうした感じはいつまでも続きました。実は私も初めからそれを恐れていたのです。年来の希望であった結婚すら、不安のうちに式を挙げたといえばいえない事もないでしょう。しかし自分で自分の先が見えない人間の事ですから、ことによるとあるいはこれが私の心持を一転して新しい生涯に入(はい)る端緒(いとくち)になるかも知れないとも思ったのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十一

「Kの葬式の帰り路(みち)に、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書五十

「私は奥さんに気の毒でしたけれども、また立って今閉めたばかりの唐紙(からかみ)を開けました。その時Kの洋燈(ランプ)に油が尽きたと見えて、室(へや)の中はほとんど真暗(まっくら)でした。私は引き返して自分の洋燈を手に持ったまま、入口に立って奥さんを顧みました。奥さんは私の後ろから隠れるようにして、四畳の中を覗(のぞ)き込みました。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸を開けてくれと私にいいました。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十九

「私は突然Kの頭を抱(かか)えるように両手で少し持ち上げました。私はKの死顔(しにがお)が一目(ひとめ)見たかったのです。しかし俯伏(うつぶ)しになっている彼の顔を、こうして下から覗(のぞ)き込んだ時、私はすぐその手を放してしまいました。慄(ぞっ)としたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられたのです。私は上から今触(さわ)った冷たい耳と、平生(へいぜい)に変らない五分刈(ごぶがり)の濃い髪の毛を少時(しばらく)眺(なが)めていました。私は少しも泣く気にはなれませんでした。私はただ恐ろしかったのです。そうしてその恐ろしさは、眼の前の光景が官能を刺激(しげき)して起る単調な恐ろしさばかりではありません。私は忽然(こつぜん)と冷たくなったこの友達によって暗示された運命の恐ろしさを深く感じたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十八

「勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。その間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気が付かずにいたのです。彼の超然とした態度はたとい外観だけにもせよ、敬服に値(あたい)すべきだと私は考えました。彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方が遥(はる)かに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」という感じが私の胸に渦巻いて起りました。私はその時さぞKが軽蔑(けいべつ)している事だろうと思って、一人で顔を赧(あか)らめました。しかし今更Kの前に出て、恥を掻(か)かせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛でした。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十七

「私はそのまま二、三日過ごしました。その二、三日の間Kに対する絶えざる不安が私の胸を重くしていたのはいうまでもありません。私はただでさえ何とかしなければ、彼に済まないと思ったのです。その上奥さんの調子や、お嬢さんの態度が、始終私を突ッつくように刺戟(しげき)するのですから、私はなお辛(つら)かったのです。どこか男らしい気性を具(そな)えた奥さんは、いつ私の事を食卓でKに素(すっ)ぱ抜かないとも限りません。それ以来ことに目立つように思えた私に対するお嬢さんの挙止動作(きょしどうさ)も、Kの心を曇らす不審の種とならないとは断言できません。私は何とかして、私とこの家族との間に成り立った新しい関係を、Kに知らせなければならない位置に立ちました。しかし倫理的に弱点をもっていると、自分で自分を認めている私には、それがまた至難の事のように感ぜられたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十六

「私は猿楽町(さるがくちょう)から神保町(じんぼうちょう)の通りへ出て、小川町(おがわまち)の方へ曲りました。私がこの界隈(かいわい)を歩くのは、いつも古本屋をひやかすのが目的でしたが、その日は手摺(てず)れのした書物などを眺(なが)める気が、どうしても起らないのです。私は歩きながら絶えず宅(うち)の事を考えていました。私には先刻(さっき)の奥さんの記憶がありました。それからお嬢さんが宅へ帰ってからの想像がありました。私はつまりこの二つのもので歩かせられていたようなものです。その上私は時々往来の真中で我知らずふと立ち留まりました。そうして今頃は奥さんがお嬢さんにもうあの話をしている時分だろうなどと考えました。また或(あ)る時は、もうあの話が済んだ頃だとも思いました。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十五

「Kから聞かされた打ち明け話を、奥さんに伝える気のなかった私は、「いいえ」といってしまった後で、すぐ自分の嘘(うそ)を快(こころよ)からず感じました。仕方がないから、別段何も頼まれた覚えはないのだから、Kに関する用件ではないのだといい直しました。奥さんは「そうですか」といって、後(あと)を待っています。私はどうしても切り出さなければならなくなりました。私は突然続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十四

「Kの果断に富んだ性格は私(わたくし)によく知れていました。彼のこの事件についてのみ優柔(ゆうじゅう)な訳も私にはちゃんと呑(の)み込めていたのです。つまり私は一般を心得た上で、例外の場合をしっかり攫(つら)まえたつもりで得意だったのです。ところが「覚悟」という彼の言葉を、頭のなかで何遍(なんべん)も咀嚼(そしゃく)しているうちに、私の得意はだんだん色を失って、しまいにはぐらぐら揺(うご)き始めるようになりました。私はこの場合もあるいは彼にとって例外でないのかも知れないと思い出したのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十三

「その頃(ころ)は覚醒(かくせい)とか新しい生活とかいう文字(もんじ)のまだない時分でした。しかしKが古い自分をさらりと投げ出して、一意(いちい)に新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠けていたからではないのです。彼には投げ出す事のできないほど尊(たっと)い過去があったからです。彼はそのために今日(こんにち)まで生きて来たといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に向って猛進しないといって、決してその愛の生温(なまぬる)い事を証拠立てる訳にはゆきません。いくら熾烈(しれつ)な感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。前後を忘れるほどの衝動が起る機会を彼に与えない以上、Kはどうしてもちょっと踏み留(とど)まって自分の過去を振り返らなければならなかったのです。そうすると過去が指し示す路(みち)を今まで通り歩かなければならなくなるのです。その上彼には現代人のもたない強情(ごうじょう)と我慢がありました。私はこの双方の点においてよく彼の心を見抜いていたつもりなのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十二

「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗(あん)に待ち受けました。あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。その時の私はたといKを騙(だま)し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍(そば)へ来て、お前は卑怯(ひきょう)だと一言(ひとこと)私語(ささや)いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただKは私を窘(たしな)めるには余りに正直でした。余りに単純でした。余りに人格が善良だったのです。目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。続きを読む
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こころ下 先生と遺書四十一

「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の眼、私の心、私の身体(からだ)、すべて私という名の付くものを五分(ぶ)の隙間(すきま)もないように用意して、Kに向ったのです。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要塞(ようさい)の地図を受け取って、彼の眼の前でゆっくりそれを眺(なが)める事ができたも同じでした。続きを読む
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2006年07月01日

こころ下 先生と遺書四十

「ある日私は久しぶりに学校の図書館に入りました。私は広い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けながら、新着の外国雑誌を、あちらこちらと引(ひ)っ繰(く)り返して見ていました。私は担任教師から専攻の学科に関して、次の週までにある事項を調べて来いと命ぜられたのです。しかし私に必要な事柄がなかなか見付からないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しました。すると突然幅の広い机の向う側から小さな声で私の名を呼ぶものがあります。私はふと眼を上げてそこに立っているKを見ました。続きを読む
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こころ下 先生と遺書三十九

「Kの生返事(なまへんじ)は翌日(よくじつ)になっても、その翌日になっても、彼の態度によく現われていました。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする気色(けしき)を決して見せませんでした。もっとも機会もなかったのです。奥さんとお嬢さんが揃(そろ)って一日宅(うち)を空(あ)けでもしなければ、二人はゆっくり落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから。私(わたくし)はそれをよく心得ていました。心得ていながら、続きを読む
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