2006年08月23日

それから 二の二

 代助と平岡とは中学時代からの知り合で、殊に学校を卒業して後(のち)、一年間といふものは、殆んど兄弟の様に親しく往来した。其時分は互に凡てを打ち明けて、互に力(ちから)に為(な)り合(あ)ふ様なことを云ふのが、互に娯楽の尤もなるものであつた。この娯楽が変じて実行となつた事も少なくないので、彼等は双互の為めに口(くち)にした凡ての言葉には、娯楽どころか、常に一種の犠牲を含んでゐると確信してゐた。さうして其犠牲を即座に払へば、続きを読む
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三四郎 13

 原口さんの絵はでき上がった。丹青会はこれを一室の正面にかけた。そうしてその前に長い腰掛けを置いた。休むためでもある。絵を見るためでもある。休みかつ味わうためでもある。丹青会はこうして、この大作に徊(ていかい)する多くの観覧者に便利を与えた。特別の待遇である。絵が特別のできだからという。あるいは人の目をひく題だからともいう。少数のものは、あの女を描いたからだといった。会員の一、二はまったく大きいからだと弁解した。大きいには違いない。幅五寸に余る金の縁をつけて見ると、見違えるように大きくなった。
 原口さんは開会の前日検分のためちょっと来た。腰掛けに腰をおろして、久しいあいだパイプをくわえてながめていた。やがて、続きを読む
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三四郎 12

 演芸会は比較的寒い時に開かれた。年はようやく押し詰まってくる。人は二十日(はつか)足らずの目のさきに春を控えた。市(いち)に生きるものは、忙しからんとしている。越年(おつねん)の計(はかりごと)は貧者の頭(こうべ)に落ちた。演芸会はこのあいだにあって、すべてののどかなるものと、余裕あるものと、春と暮の差別を知らぬものとを迎えた。
 それが、いくらでもいる。たいていは若い男女(なんにょ)である。一日目(いちじつめ)に与次郎が、三四郎に向かって大成功と叫んだ。三四郎は二日目(ふつかめ)の切符を持っていた。与次郎が広田先生を誘って行けと言う。切符が違うだろうと聞けば、むろん違うと言う。しかし一人でほうっておくと、続きを読む
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三四郎 十一(さんしろう)

 このごろ与次郎が学校で文芸協会の切符を売って回っている。二、三日かかって、知った者へはほぼ売りつけた様子である。与次郎はそれから知らない者をつかまえることにした。たいていは廊下でつかまえる。するとなかなか放さない。どうかこうか、買わせてしまう。時には談判中にベルが鳴って取り逃すこともある。与次郎はこれを時利あらずと号している。時には相手が笑っていて、いつまでも要領を得ないことがある。与次郎はこれを人利あらずと号している。ある時便所から出て来た教授をつかまえた。その教授はハンケチで手をふきながら、続きを読む
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2006年08月22日

三四郎 一〇(三四郎)

 広田先生が病気だというから、三四郎が見舞いに来た。門をはいると、玄関に靴(くつ)が一足そろえてある。医者かもしれないと思った。いつものとおり勝手口へ回るとだれもいない。のそのそ上がり込んで茶の間へ来ると、座敷で話し声がする。三四郎はしばらくたたずんでいた。手にかなり大きな風呂敷包(ふろしきづつ)みをさげている。中には樽柿(たるがき)がいっぱいはいっている。今度来る時は、何か買ってこいと、与次郎の注意があったから、追分の通りで買って来た。すると座敷のうちで、突然どたりばたりという音がした。続きを読む
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三四郎 九(さんしろう)

 与次郎が勧めるので、三四郎はとうとう精養軒の会へ出た。その時三四郎は黒い紬(つむぎ)の羽織を着た。この羽織は、三輪田のお光さんのおっかさんが織ってくれたのを、紋付(もんつき)に染めて、お光さんが縫い上げたものだと、母の手紙に長い説明がある。小包みが届いた時、いちおう着てみて、おもしろくないから、戸棚(とだな)へ入れておいた。それを与次郎が、もったいないからぜひ着ろ着ろと言う。三四郎が着なければ、自分が持っていって着そうな勢いであったから、つい着る気になった。着てみると悪くはないようだ。
 三四郎はこのいでたちで、与次郎と二人(ふたり)で精養軒の玄関に立っていた。与次郎の説によると、続きを読む
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三四郎 八(さんしろう)

 三四郎が与次郎に金を貸したてんまつは、こうである。
 このあいだの晩九時ごろになって、与次郎が雨のなかを突然やって来て、あたまから大いに弱ったと言う。見ると、いつになく顔の色が悪い。はじめは秋雨(あきさめ)にぬれた冷たい空気に吹かれすぎたからのことと思っていたが、座について見ると、悪いのは顔色ばかりではない。珍しく消沈している。三四郎が「ぐあいでもよくないのか」と尋ねると、与次郎は鹿(しか)のような目を二度ほどぱちつかせて、こう答えた。続きを読む
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三四郎 七(さんしろう)

 裏から回ってばあさんに聞くと、ばあさんが小さな声で、与次郎さんはきのうからお帰りなさらないと言う。三四郎は勝手口に立って考えた。ばあさんは気をきかして、まあおはいりなさい。先生は書斎においでですからと言いながら、手を休めずに、膳椀(ぜんわん)を洗っている。今晩食(ゆうめし)がすんだばかりのところらしい。
 三四郎は茶の間を通り抜けて、廊下伝いに書斎の入口まで来た。戸があいている。中から続きを読む
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三四郎 六(さんしろう)

 ベルが鳴って、講師は教室から出ていった。三四郎はインキの着いたペンを振って、ノートを伏せようとした。すると隣にいた与次郎が声をかけた。
「おいちょっと借せ。書き落としたところがある」
 与次郎は三四郎のノートを引き寄せて上からのぞきこんだ。stray(ストレイ) sheep(シープ) という字がむやみに書いてある。
「なんだこれは」続きを読む
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三四郎 五(さんしろう)

 門をはいると、このあいだの萩(はぎ)が、人の丈(たけ)より高く茂って、株の根に黒い影ができている。この黒い影が地の上をはって、奥の方へゆくと、見えなくなる。葉と葉の重なる裏まで上ってくるようにも思われる。それほど表には濃い日があたっている。手洗水のそばに南天(なんてん)がある。これも普通よりは背が高い。三本寄ってひょろひょろしている。葉は便所の窓の上にある。続きを読む
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三四郎 四(さんしろう)

 三四郎の魂がふわつき出した。講義を聞いていると、遠方に聞こえる。わるくすると肝要な事を書き落とす。はなはだしい時はひとの耳を損料で借りているような気がする。三四郎はばかばかしくてたまらない。仕方(しかた)なしに、与次郎に向かって、どうも近ごろは講義がおもしろくないと言い出した。与次郎の答はいつも同じことであった。
「講義がおもしろいわけがない。君はいなか者だから、いまに偉い事になると思って、今日(こんにち)までしんぼうして聞いていたんだろう。愚の至りだ。彼らの講義は開闢(かいびゃく)以来こんなものだ。いまさら失望したってしかたがないや」
「そういうわけでもないが……」三四郎は弁解する。続きを読む
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三四郎 三(さんしろう)

 学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義の時間割りがあるばかりで学生は一人(ひとり)もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいつから始まりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。でも、どの部屋(へや)を見ても講義がないようですがと尋ねると、それは先生がいないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って続きを読む
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