2007年04月29日

それから三の七

三の七

 代助の父(ちゝ)には一人(ひとり)の兄(あに)があつた。直記(なほき)と云つて、父(ちゝ)とはたつた一つ違ひの年上(としうへ)だが、父(ちゝ)よりは小柄(こがら)なうへに、顔付(かほつき)眼鼻立(めはなだち)が非常に似(に)てゐたものだから、知らない人には往々双子(ふたご)と間違へられた。其折は父も得(とく)とは云はなかつた。誠之進といふ幼名で通(とほ)つてゐた。
 直記(なほき)と誠之進とは外貌のよく似てゐた如く、気質(きだて)も本当の兄弟であつた。両方に差支のあるときは特別、都合さへ付けば、同じ所に食(く)つ付き合つて、同じ事をして暮してゐた。稽古も同時同刻に往き返りをする。読書にも一つ燈火(ともしび)を分つた位親(した)しかつた。
 丁度直記(なほき)の十八の秋(あき)であつた。ある時二人(ふたり)は城下外(じやうかはづれ)の等覚寺といふ寺へ親(おや)の使に行つた。これは藩主の菩提寺で、そこにゐる楚水といふ坊さんが、二人(ふたり)の親(おや)とは昵近(じつこん)なので、用の手紙を、此楚水さんに渡しに行つたのである。用は囲碁の招待か何かで返事にも及ばない程簡略なものであつたが、楚水さんに留(と)められて、色々話してゐるうちに遅(おそ)くなつて、日の暮れる一時間程前に漸く寺を出た。その日は何か祭のある折で、市中(しちう)は大分雑沓してゐた。二人(ふたり)は群集のなかを急いで帰る拍子に、ある横町を曲らうとする角(かど)で、川向ひの方限(ほうぎ)りの某(なにがし)といふものに突き当つた。此某(なにがし)と二人(ふたり)とは、かねてから仲(なか)が悪(わる)かつた。其時某(なにがし)は大分酒気を帯びてゐたと見えて、二言三言(ふたことみこと)いひ争ふうちに刀(かたな)を抜(ぬ)いて、いきなり斬り付(つ)けた。斬り付(つ)けられた方は兄(あに)であつた。已を得ず是も腰の物を抜(ぬ)いて立ち向つたが、相手は平生から極めて評判のわるい乱暴もの丈あつて、酩酊してゐるにも拘はらず、強かつた。黙(だま)つてゐれば兄の方が負ける。そこで弟も刀を抜いた。さうして二人(ふたり)で滅茶苦茶に相手を斬り殺して仕舞つた。
 其頃(ころ)の習慣として、侍(さむらひ)が侍(さむらひ)を殺せば、殺した方が切腹をしなければならない。兄弟は其覚悟で家(うち)へ帰つて来(き)た。父(ちゝ)も二人(ふたり)を並べて置いて順々に自分で介錯をする気であつた。所が母(はゝ)が生憎祭(まつり)で知己(ちかづき)の家(うち)へ呼(よ)ばれて留守である。父は二人(ふたり)に切腹をさせる前、もう一遍母(はゝ)に逢(あ)はしてやりたいと云ふ人情から、すぐ母(はゝ)を迎にやつた。さうして母の来(く)る間(あひだ)、二人(ふたり)に訓戒を加へたり、或は切腹する座敷の用意をさせたり可成愚図々々してゐた。
 母(はゝ)の客に行つてゐた所は、その遠縁(とほえん)にあたる高木(たかぎ)といふ勢力家であつたので、大変都合が好(よ)かつた。と云ふのは、其頃は世の中(なか)の動(うご)き掛けた当時で、侍(さむらひ)の掟(おきて)も昔の様には厳重に行はれなかつた。殊更殺された相手は評判の悪い無頼の青年であつた。ので高木は母とともに長井の家(いへ)へ来(き)て、何分の沙汰が公向(おもてむき)からある迄は、当分其儘にして、手を着けずに置くやうにと、父を諭(さと)した。
 高木はそれから奔走を始めた。さうして第一に家老を説き付けた。それから家老を通して藩主を説き付けた。殺された某(なにがし)の親(おや)は又、存外訳の解(わか)つた人で、平生から倅(せがれ)の行跡(ぎやうせき)の良くないのを苦に病んでゐたのみならず、斬り付けた当時も、此方(こつち)から狼藉をしかけたと同然であるといふ事が明瞭になつたので、兄弟を寛大に処分する運動に就ては別段の苦情を持ち出さなかつた。兄弟はしばらく一間(ひとま)の内(うち)に閉ぢ籠つて、謹慎の意を表して後、二人(ふたり)とも人(ひと)知れず家(いへ)を捨(す)てた。
 三年の後兄(あに)は京都で浪士に殺された。四年目に天下が明治となつた。又五六年してから、誠之進は両親を国元から東京へ呼び寄せた。さうして妻を迎へて、得(とく)といふ一字名(な)になつた。其時は自分の命(いのち)を助けてくれた高木はもう死んで、養子の代になつてゐた。東京へ出て仕官の方法でも講じたらと思つて色々勧めて見たが応じなかつた。此養子に子供が二人(ふたり)あつて、男の方は京都へ出て同志社へ這入(はい)つた。其所(そこ)を卒業してから、長らく亜米利加に居つたさうだが、今では神戸で実業に従事して、相当の資産家になつてゐる。女の方は県下の多額納税者の所へ嫁(よめ)に行つた。代助の細君の候補者といふのは此多額納税者の娘である。
「大変込み入つてるのね。私(わたし)驚ろいちまつた」と嫂(あによめ)が代助に云つた。
「御父(おとう)さんから何返も聞いてるぢやありませんか」
「だつて、何時(いつ)もは御嫁(よめ)の話(はなし)が出(で)ないから、好(い)い加減に聞いてるのよ」
「佐川(さがは)にそんな娘があつたのかな。僕も些(ち)つとも知らなかつた」
「御貰(おもらひ)なさいよ」
「賛成なんですか」
「賛成ですとも。因念つきぢやありませんか」
「先祖の拵らえた因念よりも、まだ自分の拵えた因念で貰ふ方が貰(もら)ひ好(い)い様だな」
「おや、左様(そん)なのがあるの」
 代助は苦笑して答へなかつた。
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2007年04月28日

それから 三の六

三の六

 代助は一寸(ちよつと)話(はなし)を已(や)めて、梅子(うめこ)の肩越(かたごし)に、窓掛(まどかけ)の間(あひだ)から、奇麗な空(そら)を透(す)かす様に見てゐた。遠くに大きな樹(き)が一本ある。薄茶色(うすちやいろ)の芽(め)を全体に吹いて、柔(やわ)らかい梢(こづえ)の端(はじ)が天(てん)に接(つゞ)く所は、糠雨(ぬかあめ)で暈(ぼか)されたかの如くに霞(かす)んでゐる。
「好(い)い気候になりましたね。何所(どこ)か御花見にでも行きませうか」
「行きませう。行くから仰(おつ)しやい」
「何(なに)を」
「御父(おとう)さまから云はれた事を」
「云はれた事は色々あるんですが、秩序立(ちつじよだ)てて繰(く)り返(かへ)すのは困るですよ。頭(あたま)が悪(わる)いんだから」
「まだ空(そら)つとぼけて居(ゐ)らつしやる。ちやんと知つてますよ」
「ぢや、伺(うかゞ)ひませうか」
 梅子は少しつんとした。
「貴方(あなた)は近頃余つ程減(へ)らず口(ぐち)が達者におなりね」
「何(なに)、姉(ねえ)さんが辟易する程ぢやない。――時に今日(けふ)は大変静かですね。どうしました、小供達は」
「小供は学校です」
 十六七の小間使(こまづかひ)が戸(と)を開(あ)けて顔(かほ)を出した。あの、旦那様が、奥様に一寸(ちよつと)電話口(ぐち)迄と取り次(つ)いだなり、黙つて梅子の返事を待つてゐる。梅子はすぐ立つた。代助も立つた。つゞいて客間(きやくま)を出やうとすると、梅子は振り向いた。
「あなたは、其所(そこ)に居(ゐ)らつしやい。少し話しがあるから」
 代助には嫂(あによめ)のかう云ふ命令的の言葉が何時(いつ)でも面白く感ぜられる。御緩(ごゆつくり)と見送つた儘、又腰を掛けて、再び例の画を眺め出(だ)した。しばらくすると、其色が壁(かべ)の上に塗り付けてあるのでなくつて、自分の眼球(めだま)の中(なか)から飛び出して、壁(かべ)の上(うへ)へ行つて、べた/\喰(く)つ付(つ)く様に見えて来(き)た。仕舞には眼球(めだま)から色を出す具合一つで、向ふにある人物樹木が、此方(こちら)の思ひ通りに変化出来る様になつた。代助はかくして、下手(へた)な個所々々を悉く塗り更(か)へて、とう/\自分の想像し得(う)る限りの尤も美くしい色彩に包囲されて、恍惚と坐(すは)つてゐた。所へ梅子(うめこ)が帰つて来(き)たので、忽ち当り前の自分に戻つて仕舞つた。
 梅子の用事と云ふのを改まつて聞いて見ると、又例の縁談の事であつた。代助は学校を卒業する前から、梅子の御蔭で写真実物色々な細君の候補者に接した。けれども、何(い)づれも不合格者ばかりであつた。始めのうちは体裁の好(い)い逃(にげ)口上で断わつてゐたが、二年程前からは、急に図迂(づう)々々しくなつて、屹度相手にけちを付ける。口(くち)と顎(あご)の角度が悪(わる)いとか、眼(め)の長さが顔の幅(はゞ)に比例しないとか、耳の位置が間違(まちが)つてるとか、必ず妙な非難を持つて来(く)る。それが悉く尋常な言草(いひぐさ)でないので、仕舞には梅子も少々考へ出した。是は必竟世話を焼き過ぎるから、付け上つて、人を困(こま)らせるのだらう。当分打遣(うつちや)つて置いて、向ふから頼み出させるに若(し)くはない。と決心して、夫からは縁談の事をついぞ口(くち)にしなくなつた。所が本人は一向困つた様子もなく、依然として海のものとも、山のものとも見当が付かない態度で今日迄暮(くら)して来(き)た。
 其所(そこ)へ親爺(おやぢ)が甚だ因念の深(ふか)いある候補者を見付けて、旅行先(さき)から帰つた。梅子は代助の来(く)る二三日前に、其話を親爺(おやぢ)から聞かされたので、今日(けふ)の会談は必ずそれだらうと推したのである。然し代助は実際老人から結婚問題に付いては、此日(このひ)何にも聞(き)かなかつたのである。老人は或はそれを披露する気で、呼んだのかも知れないが、代助の態度を見て、もう少し控えて置く方が得策だといふ了見を起した結果、故意(わざ)と話題を避けたとも取れる。
 此候補者に対して代助は一種特殊な関係を有(も)つてゐた。候補者の姓は知つてゐる。けれど名は知らない。年齢、容貌、教育、性質に至つては全く知らない。何故(なぜ)その女が候補者に立つたと云ふ因念になると又能く知つて居る。
posted by こころ at 16:52 | トラックバック(0) | それから
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